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anezakimanの部長日記

メーカー部長、中小企業診断士、通訳案内士(英語)、放送大学大学院修士全科生の日々奮闘記

読書:イスラーム帝国のジハード

最近、中東方面に関心を持っています。仕事上の関連があり時々出かけていくこと、また今月から受講している放送大学大学院の「異文化の交流と共存」の講義に刺激された部分もあります。講義で紹介していた下記書籍を読みました。

イスラーム帝国のジハード (興亡の世界史)

イスラーム帝国のジハード (興亡の世界史)

 

 7世紀に忽然と現れたイスラーム教の成立前後から、アルカイーダによるテロ事件という現代までの歴史上の流れを縦糸に、アラブ人と他民族との交流や闘争、そのなかでのイスラームのジハードの変遷を横糸にして、イスラームの宗教、社会、国家の原理を考察しようという歴史文化解説書です。

中東という地域、アラブという民族、そしてイスラームという宗教文化の交わり、違い、相克が分かりやすく記述されており、この方面の知識が乏しかった私には読みごたえのある本でした。以下備忘録的に。

  • 中東の砂漠地帯で人間が居住可能となったのは、ひとこぶラクダが家畜化された紀元前3千年紀からとされる。ただしそれ以降歴史の空白地帯。イスラームが創始される7世紀までは王権も大都市もなし。
  • ノア(箱船の)の一子セムの子孫が予言者とされるのが、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、それゆえこれら3宗教はいずれもセム的一神教と言われ、いずれも中東で生まれて他の地域に広がった。
  • 570年頃にマッカにクライシュ族のムハンマド生誕、神の啓示を受けて予言者を名のったのが610年頃、622年にマッカからマディーナへ遷都(ヒジュラ)、630年にマッカ征服、632年にムハンマド没と正当カリフ制樹立、アラビア半島の大半を制圧、638年にはエルサレムを開城させ、マッカ、マディーナ含む三大聖地を確立、ムハンマドが予言者を名のってからこの間わずか30年弱という怒濤のイスラーム化であった。
  • その後内乱の時代を経てウマイヤ朝が成立(661年)、この時代に巨大な領域を支配するイスラーム帝国化(ダマスカス帝都)し、732年にフランク王国とのトウール・ポアティエの戦いに破れるまで西側への進撃が続いた。
  • ウマイヤ朝はアラブ人ムスリムが支配者であり「アラブ帝国」、それを「真のイスラーム帝国」化(民族に関係なくイスラームを信仰するものの国)にしたのが750年に成立したアッバース朝
  • その後2世紀におよぶアッバース朝の繁栄期には、帝都バクダード中心に東は中国、西は地中海、南はサハラ砂漠に至る広大な地域が交易と文化交流のネットワーク化し、農業と科学が一大発展した。
  • 969年にエジプトを征服したファーテイマ朝が隆盛、イスラーム世界は分裂の時代に入る。
  • その後モンゴル帝国が勃興し、バクダードを徹底的に破壊。ただしモンゴル帝国内でもイスラームは生き延び、イスラム王朝のテイムール朝が成立、さらにインドではイスラム系ムガル帝国が栄えた。
  • またスルターン制の王朝として東西に覇を唱えたオスマン帝国は、13世紀末の創建から20世紀初めまで6世紀の長きに渡った。
  • 1923年のトルコ共和国の成立、24年のカリフ制の廃止以降、伝統的イスラーム世界が瓦解、その後の第二次世界大戦後の民族自決の動きと、1948年イスラエル建国によりアラブ民族主義が高揚。
  • それを一変させたのが、1967年の第3次中東戦争によるイスラエルの大勝利(ガザ地区ヨルダン川西岸地区、東エルサレム、ゴラン高原シナイ半島を占領)、エジプト主体のアラブ側大敗北によりアラブ民族主義が急激に衰退、イスラーム復興の動きが台頭。69年には第1回イスラーム首脳会議が開催され、イスラーム諸国会議機構(OIC、26カ国地域)が設立。
  • エジプトが対イスラエル戦争を「正当な剣のジハード、イスラームの聖戦」と位置づけ、1973年に行った第4次中東戦争では、軍事的には一勝一敗なるも、アラブ産油国による劇的な石油禁輸政策を取り、アラブ側の総合的勝利。
  • イスラーム復興の劇的な分水嶺となったのが1979年。イランでのイスラーム革命とイラン・イスラーム共和国成立、サウジの聖地マッカでの武装反体制派の蜂起、そしてソ連軍のアフガニスタン侵攻が起きた。
  • 特にアフガニスタンにおける対社会主義の「剣のジハード」大義の鼓舞、アラブ義勇兵の組織と支援から、ウサーマ・ビン・ラーデンらのアル・カイーダ(基地)が台頭。1990年の湾岸危機でサウジでの米国軍進駐をきっかけに反米に転じたビン・ラーデンは2001年9月の米国での同時多発テロ事件を主導。
  • ただしそもそもジハードとは「信仰のために奮闘努力すること、社会建設の一環をなすこと」であり、剣のジハードはその手段。理解と対話が重要。